胃切除後症候群
胃の切除手術を受けると、その後、さまざまな症状を招きます。
避けては通れないことなので、いかに症状をコントロールするかが重要なポイントです。


どんな病気ですか?
胃の手術後に現れる様々な障害
 胃は、食物を攪拌(かくはん)し、水やアルコールを吸収し、ビタミンB12の吸収を助け、強い酸で
内容物を殺菌したり、食物の消化・吸収に重要な役割を果たしています。
 胃を切除することにより、こうした働きが損なわれて引き起こされる様々な臓器欠損症状を、
胃切除後症候群と総称しています。
 かつては胃・十二指腸潰瘍の多くが切除手術の対症になっていましたが、今は薬物療法が
優れた効果を上げるようになったため、大出血や穿孔(せんこう)、狭窄(きょうさく)があったり、
再発・再燃を繰り返す場合以外は、手術が選択されることはなくなってきています。
 胃の切除手術が行われるのは、主に胃がんの治療においてです。胃がんの治療では、
切除手術が基本になります。早期のガンであれば内視鏡手術で病巣のみを切除することが
可能なケースもありますが、それ以外は従来どおり開腹手術が行われます。
 胃の切除手術は、胃全体を切り取ってしまう全摘と胃の一部を切除する部分切除に分けられます。
切除に続いて残胃と空腸もしくは食道と空腸を吻合するなどの再建術が必ず施されますが、
部分切除によって胃の働きが低下したり、あるいは全摘によって胃の働きが全く機能しなくなってしまうために、
程度の差こそあれ、何らかの臓器欠損症状が現れるのは避けられません。
 胃切除後症候群のなかには、手術直後から現れるものもあれば、数ヶ月あるいは何年かたって
起きる症状もあります。

種類と症状
多くの人に現れるダンピング症候群
 胃切除後症候群には、手術法によるものから精神的なものまで実にさまざまな病態があります。
代表的な症状と原因は次のようなものです。
・ダンピング症候群
 胃切除手術を受けた人の15〜30%にみられる胃切除後症候群で、炭水化物が急速に
小腸に流入するために起こるものです。
 食事中や食後の直後に症状が現れる早期ダンピング症候群と、食後2〜3時間たってから
現れる後期ダンピング症候群に分けられます。
[早期ダンピング症候群]
 胃を切除してしまうと、胃液の分泌量が低下し、貯留機能の失われるために、浸透圧の高い食べ物が
胃の中に入ると、その一部はそのままあふれるように腸内に急速に排出されてしまいます。
早期ダンピング症候群は、胃の排出調節機構が破綻していることが原因で起こります。
 主症状は、冷や汗、動悸、めまい、顔面紅潮、全身倦怠感、全身脱力感、全身熱感などです。
腹痛、下痢、悪心、嘔吐などの腹部症状を訴える場合もあります。横になると、
たいていは症状が治まります。
[後期ダンピング症候群]
 胃の内容物の急速な排出によって腸管からの炭水化物の吸収が増大すると、高血糖になります。
そこでインスリンが過剰分泌され、逆に低血糖になってしまうことで起こるものです。
食後2〜3時間たって頭痛や倦怠感、発汗、めまい、呼吸の乱れなどが現れるもので、
多くは早期ダンピング症候群に引き続いて起こります。低血糖が大きな原因で起こることから、
後発性低血糖症候群ともよばれています。
 ダンピング症候群は、食物の小腸への急速な流入に加えて、リンパ節の喪失による
腹水の循環不全、吻合による蠕動運動の乱れなどがあると、食後の苦しみは増大されます。
また、精神的な誘因も重要で「食べると苦しくなる」と身構えてしまい、それがストレスとなって、
悪循環を起こすケースも多いようです。
・逆流性食道炎とつかえ
 「苦い液体が胸を上がってくる感じ」などと表現される逆流も、胃切除後の大きな問題となります。
胃の逆流防止機構である噴門(胃の入り口)、あるいは幽門(胃の出口)を失うことが、
大きな原因となります。幽門側切除の場合、小腸の内容物が胃へ逆流しやすく、噴門を切除すると
胃の内容物が食道へ逆流しやすくなります。
 胃液や、膵液と胆汁が混じった十二腸液、消化酵素のペプシンやアミラーゼなどの逆流によって
食道粘膜がただれて、逆流性食道炎を起こすことがあります。治療は、逆流液が酸性とアルカリ性の
場合で違います。
 逆流性食道炎は、胃切除を受けた人の30〜40%が経験するといわれています。
主症状は、胸やけで、就寝時n現れることが多いようです。横になることによって食道と胃腸が
水平になり、逆流が起こりやすいためです。
 炎症によって粘膜が腫れて内腔が狭くなると、そこに食物がしみて、つかえ感を招くことも
少なくありません。
 胃を全摘した場合、食道と空腸をつないで再建しますが、そのつなぎ目の狭窄がつかえを
もたらすことも多いようです。吻合部が浮腫を起こして通過障害を招くこともあります。
浮腫は血流障害、低栄養、炎症などによって引き起こされます。
食後に起こる胸やけは、つかえが関係いています。
・小胃症状
 摂取した食物の貯蔵庫である胃の容積が胃の切除によって小さくなると、少量食べると
満腹してしまいます。ある程度食べると、みずおちのあたりに膨満感を感じたり、左肩痛や
悪心などが現れます。
・栄養障害
 胃の切除によって栄養素の消化・吸収が阻害されると、下痢や体重減少などを招きます。
排便の状態は、消化・吸収の状態を反映するものです。胃を切除すると、食物がきちんと
攪拌(かくはん)されずに小腸に送られてしまい、消化・吸収の主役である小腸の働きが
不十分になります。結果として大腸の通過時間が短くなり、下痢を引き起こしてしまうのです。
 特に全摘の場合は、飲み込んだ食物が直接小腸に達するわけですから、消化吸収障害を
起こしやすいのは当然といえば当然です。手術後の1ヶ月は、特に下痢を起こしやすい時期と
いえるでしょう。
 胃の切除手術を受けると、程度の差こそあれ体重の減少を招きます。もともと肥満傾向にあった人は、
体重がある程度減少することで生活習慣病の大きな危険因子を取り除いたことにもなりますが、
病的な状態になってしまった時は問題です。低タンパク血症、浮腫、脂肪便、
血清コレステロールの低下などがみられます。
 消化吸収障害は、疲れや脱力感の誘因にもなりますが、これらの症状は栄養不足に加え、
多分に心身症的な側面ももっています。胃の切除というハンディを背負ったことによる軽いうつ状態が、
だるさの原因となることがあります。
・骨代謝障害
 カルシウム、ビタミンDの消化吸収障害によって骨の代謝異常をきたし、骨粗鬆症や骨軟化症を
招くことがあります。
 胃酸の減少や小腸の細菌の異常によって、カルシウムが吸収されにくくなります。
脂肪の吸収障害のためにビタミンDが低下して骨基質へのカルシウムの沈着に支障をきたすからです。
胃切除後の骨障害の発生頻度は30〜40%といわれています。
 牛乳のカルシウムは吸収されやすいため補給に適しています。しかし、胃切除後は小腸粘膜の
乳糖分解酵素が欠乏するため、牛乳に含まれている乳糖が分解されない乳糖不耐が
しばしば起こります。特に冷たい牛乳は腹鳴、腹痛、下痢などの腹部症状を誘発します。
・輸入脚症候群
 小腸の輸入脚の部分に内容物がたまり、胃のほうに逆流して胆汁を嘔吐する胃切除後症候群です。
ビルロートU法という方法で吻合を行った時に現れることがあります。
・吻合部潰瘍
 術後1〜2年後に胃と十二指腸または小腸とつなぎ合わせた吻合部に出来る潰瘍ですが、
切除技術や医薬の進歩によって、現在ではほとんどみられなくなりました。
・胃切除後貧血
 赤血球を合成するためには、鉄分とビタミンB12が欠かせません。鉄分を食物から吸収するためには、
胃酸の働きが必要です。またビタミンB12の吸収には、胃粘膜で分泌され、正常な赤血球の
生産にかかわるビタミンB12結合たんぱく質内因子が関与しています。
 胃を切除することによって鉄分とビタミンB12の吸収が不足すると、赤血球の合成に
支障をきたし、結果として貧血を起こすことがあります。
 鉄分の欠乏に起因するのは鉄欠乏性貧血で、ビタミンB12および内因子の欠乏に
起因するのは巨赤芽球性貧血(きょせきがきゅうせいひんけつ)です。
 胃の部分切除をした人の約35%、全摘した人の約70%に貧血が現れるといわれます。
胃切除後貧血は、術後3年以上たってから起こることが多いようです。
・腸閉塞
 胃切除に限らず、開腹手術直後の合併症としてよくみられるものです。
癒着による腸のねじれが大きな原因です。手術の種類によっても違いますが、
手術後1〜2日目から、少しでも歩くことによって、予防できます。
・胃切除後胆石
 胃切除後5年以内に胆石ができたケースを胃切除後胆石といいます。胃の切除を受けた人の
20%ぐらいに胃切除後胆石がみられ、たいていは術後1〜2年でできるようです。
・残胃がん
 切除後の残った胃に発生したがんを残胃がんといいます。切除後の検査を必ず受けて
早期に発見することが大切です。
ダンピング症候群の発症の仕組み
早期ダンピング症候群
胃がなくなると、主に炭水化物などの浸透圧の
高い食物が小腸へ急速に落下していく。
空腸が拡張する。
セロトニンやブラディキニンなど、血管に働き
かける物質が分泌され、動脈内に増加する。
全身の毛細血管が拡張し、全身をめぐる
血液量が相対的に足りなくなる。
循環血量の減少。
血圧が低下し、脳貧血状態になる。
全身熱感、発汗、顔面紅潮、めまい、動悸、全身脱力感、
冷や汗などの全身症状が現れる。また、悪心、膨満感、
下痢などの腹部症状を招く。
後期ダンピング症候群
炭水化物の小腸への急激な流入
糖質が血液中に移行すると
急激に血糖が上昇し、
高血糖状態になる。
膵臓から急激なインスリンの分泌。
高血糖は治まるが、インスリンの
分泌は急には終わらないため、
反応性の低血糖状態を招く。
全身脱力感、疲労、動悸、発汗、めまい、
手指のふるえ、失神発作などの
症状を招く。
治療
食事療法の徹底が大切
 胃切除後症候群の治療は、食事療法を主体として、必要に応じて薬を用います。
まれにですが、再手術を行うケースもあります。
 早期ダンピング症候群の場合、まず食事療法を徹底します。低糖質、高たんぱく、適度な脂肪の食事で、
なるべく水分を少なくします。食事のとり方は、1日5〜6回に分ける少量頻回食が理想とされます。
冷たい物は避けて、食後は20〜30分ほど横になることも必要です。
 食事療法では改善されない場合、薬物療法が行われますが、ダンピング症候群の特効薬はありません。
対症的に、血管作動性物質に対する抗ヒスタミン薬、粘膜刺激に対する粘膜保護剤、
自律神経系に対する抗不安薬、腸管運動亢進に対する鎮痙薬などの薬が必要に応じて投薬されます。
 あくまでも治療の主体は、食事で症状を改善させることです。外科的治療が行われることは
ほとんどありません。
 後期ダンピング症候群の場合は、1回の食事量を少なくし、ゆっくりと時間をかけてとるようにします。
症状が現れたときには、飴など少量の糖分を摂取すると治まることが多く、薬はほとんど使いません。
 ただし、食事のたびに高血糖を起こしていると、糖尿病と同じように腎臓や網膜、神経などに
悪影響を与えることになるので、十分なコントロールが必要になります。
 疲労感を防止するためには、糖分を含むお菓子や果物を少量、間食としてとるのもよいでしょう。
逆流性食道炎の治療としては、消化管運動賦活調整薬、粘膜保護剤、制酸薬、消化性潰瘍薬といった
薬剤の投与が効果的です。食道粘膜にびらん、潰瘍があり、逆流液が酸性の場合はH2ブロッカーや
プロトンポンプ阻害剤、アルカリ性の場合は、最近では、プロテアーゼ阻害剤などが処方されます。
出血や狭窄などの合併症がある場合、外科的治療が選択されるケースもあります。
 輸入脚症候群は、食事療法を行います。脂肪を制限し、高たんぱく、高エネルギー、ビタミン、
ミネラルを多く含む食品を選びます。1回の食事量を少なくして、食後、安静を保つようにしましょう。
食欲がなく、体重の減少が著しい時は、点滴で栄養を補う場合もあります。
 輸入脚症候群は、再建術が起因となっているものなので、ビルロートU法をT法やルーワイ吻合物
などに変更する手術が選択されることがあります。再建術の変更によって、輸入脚の内圧を減少させます。
 下痢については、まず脂肪分の多い食品や牛乳、乳製品を控え、整腸剤や消化剤などを服用します。
胃切除後貧血は、術後早期から鉄剤、ビタミンB12、葉酸の投与によってある程度、予防することが
できます。食事では、鉄分やビタミンB12を多く含むレバーなどをとるように心がけましょう。
 骨代謝異常の場合は、カルシウム豊富な食事、特に牛乳や乳製品を積極的にとるようにして、
ビタミンDも補給します。さらに保健薬としてカルシウム剤やビタミンD製剤も補給します。
 吻合部潰瘍がある場合は、消化性潰瘍と同様の薬物療法を行います。
胃切除後胆石は合併症を起こすことが少ないため、痛み等の症状がなければ、経過を観察したり、
最近では肉体的な負担の少ない腹腔鏡下胆のう摘出術が行われます。

予防・日常生活の注意点
自分のからだの状態を把握する
 胃切除後症候群は適切な治療によって、ある程度軽減させることが出来ますが、
大きな鍵を握るのは、患者本人の術後管理です。例えば、ダンピング症候群が起こる
メカニズムははっきりしているので、対策を立てるのは、十分可能です。
問題は、本人がそれをきちんと実行できるかどうかです。
 切除前のからだの状態、切除方法、そして術後の回復度によって、症状の現れ方は
個人差がでます。自分にはいつどうような症状がでやすいのか、何を食べた時、何を飲んだ時に
起こるのかきちんと把握し、それに合わせた食習慣をつくることが大切です。
 ダンピング症候群は精神的な要素も大きく、自律神経とのかかわりも深いために、
精神面でのコントロールがとても重要になります。胃切除後症候群では、各自に合った
対処法を工夫することが症状を軽減させるための大きなポイントです。
逆流性食道炎の場合、就寝のときはあおむけで寝るようにして、上体を10〜15°くらい
高くすると逆流が起こりにくくなります。前かがみの姿勢を長時間続けないこと、
ベルトを強く締めないこと、咳を予防すること、食後2時間以上たってから就寝することなどが
再発防止のために大切です。
 また、刺激の強い食べ物、熱い物、冷たい物は避けるようにしましょう。
急いで食べてつかえたときは、胸をはって、大きく腹式呼吸をしながら様子を見るか、
無理をせずに吐いてしまいます。水分で流し込むのは逆効果で、かえって腸の収縮を
強めてしまうので注意しましょう。逆流やつかえが改善されれば、胸やけも解消されるはずです。
 胃切除後症候群全体についていえることですが、食べ物は十分に噛むようにします。
歯を丈夫に保ち、胃の代わりに口でしっかり攪拌(かくはん)するつもりで、一口50回を目標に、
少しずつゆっくりと食べましょう。十分噛むことは、下痢の予防にもなります。
 暴飲暴食は厳禁です。1回の食事量については、自分の適量を把握しましょう。
食べ過ぎないように、常に腹6〜7分目を目安にします。
 からだに取り入れるエネルギーと消費するエネルギーのバランスをとり、ウォーキングなど
適度な有酸素運動を続けて骨量と筋肉量を増やし、体重の増加を図ることも大切です。

症状は必ず現れるものと自覚する。
 特に胃がんの手術の場合、精神的ダメージも相当大きいはずです。術後も何となく違和感が
ついてまわり、しばしば不定愁訴として現れます。だるさや脱力感は、心身的な症状として
現れることもあります。
 ガンという病気、そして胃の切除という事態を受容して、心身を日常生活に適応させていく
努力が欠かせません。
 胃の切除手術を受けた以上、胃切除後症候群を回避するのは難しいことです。
何らかの症状は必ず現れるものだと自覚して、1日も早く、自分なりの対処法をみつけるように
しましょう。

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